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【特別インタビュー】「料理マスターズ」10周年!事務局長・高橋喜幸氏に聞く、いま想い描く第一次産業の未来とは

【特別インタビュー】「料理マスターズ」10周年!事務局長・高橋喜幸氏に聞く、いま想い描く第一次産業の未来とは

良質な食材を作る生産者とともに、日本の第一次産業の活性化に貢献している現役の料理人を表彰する国の顕彰制度「料理マスターズ」。2010年に農林水産省が創設し、今年で10周年を迎えた。今回は、「料理マスターズ」を民間の立場からサポートしている「料理マスターズ倶楽部」の事務局長・高橋喜幸氏にインタビューを行い、これまでの歩みと今後のビジョンについて伺った。


料理マスターズ倶楽部 事務局長 高橋喜幸(たかはし よしゆき)氏
1955年、長野県生まれ。民間のシンクタンクを経て、慶應義塾大学、早稲田大学の教授時代を含めて約20年に渡り地域経済の研究に勤しむ。2010年、農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」の創設にもかかわり、そのサポート機関である「料理マスターズ倶楽部」の事務局長に就任。2017年より毎年刊行しているガイドブック『料理マスターズ』の執筆も行う。

料理マスターズ

農林水産省料理人顕彰制度。顕彰の対象となるのは、「国内の農林水産業との取り組み」、「国内の食品産業との取り組み」、「海外での日本食の普及に関する取り組み」などを5年以上継続して行った料理人。上記の取り組みを5年間以上継続した料理人を対象に、厳正なる審査の上、最初に授与されるのがブロンズ賞で年間最大8名。そして、そのブロンズ賞の受賞者がその次の5年間以上の取り組みを対象に審査されて年間最大5名にシルバー賞、さらに、その次の5年間以上の取り組みを審査した上で、年間最大3名にゴールド賞が授与される。2010年~2019年までの間に、73名がマスターズ受賞者として選ばれている。

また「料理マスターズ倶楽部」主催で、食のイベント「シェフズキッチン」を定期的に開催。「料理マスターズ」受賞者同士の本格的なコラボレーションで、その場でしか食べられない一夜限りの料理を提供。メニューを作るために、双方のお店を訪問して、味を確かめて完成させる。参加者は、プロフェッショナルの2人の料理人が手間と時間をかけて合作したコースを、ペアリング付きで楽しむことができる。

Pick up topics
1.料理人と生産者がつながることで生まれる新たな価値
2.食材のサステナビリティも取り入れる「シェフズキッチン」
3.「料理マスターズ」で目指す、生産者プラットフォームの構築

 

 

料理人と生産者がつながることで生まれる新たな価値


―――料理マスターズは、どのようなコンセプトをもとに立ち上がったのですか?

「食と農をつなぐ料理の力を通して第一次産業を元気にする」というコンセプトがあります。日本の料理は、和食だけではなく、イタリア料理やフランス料理、中華料理なども、おいしいお店が多いですが、その理由の一つとして、食材が良いことが挙げられると思います。近年では、良い食材を求めて市場だけでなく、生産者のところまで足を運んで仕入れを行う料理人も増えています。そうすると、その食材だけでなく、作っている人の想いも知ることができる。料理人としては、作り手がどういう想いでおいしさを追求しているかというこだわりや生産方法を聞くことで、その食材の魅力を引き出すヒントを得ることもできます。素晴らしい料理を開発することで、その生産者の食材を使ってみたいという他の料理人も出てきて、生産者→料理人→生産者という良い循環ができる。このように、料理人と生産者が直接つながることで、第一次産業が活性化する可能性があると考えています。

―――料理が第一次産業の活性化につながる話としては、具体的にはどのような例があるでしょうか?

たとえば、北海道の札幌から車で2時間半くらいかかる場所にある「真狩村(まっかりむら)」に、『マッカリーナ』というフレンチレストランがあります。真狩村は歌手の細川たかしさんの出身地でもあります。菅谷伸一さんというシェフがその村に移住してオープンした店で、村で収穫された野菜を使って、真狩村ならではの料理を作っています。北海道の中心地からも遠く離れた場所ですので、お店としては、お客様にわざわざこの場所まで食べに来てもらえるような料理を作らなければなりません。実際、『マッカリーナ』の料理はおいしいと評判を呼び、観光ツアーのコースにも組み入れられるようになりました。村も応援し、農場もきれいになりました。野菜生産者の人たちは、自分たちが作った野菜を都会から来た人たちがおいしいと言って食べてくれるので、野菜作りに自信を持ち、よりおいしい野菜作りに励むようになったんです。

『マッカリーナ』で使われたことで、真狩村の野菜そのものの価格もほかの地域に比べて多少高く設定されるようになり、「真狩村産」というブランドができました。真狩村という土地ならではの食材を使った料理ができたことで、野菜のブランドができ、生産者が元気になり、後継者も出てくるという循環ができてきたのです。「マッカリーナ・プロジェクト」とでも呼べるようなこの例は、料理の力で生産者(作り手)と消費者(食べ手)をつなぐことができることを示すものだと言えると思います。

食材のサステナビリティも取り入れる「シェフズキッチン」


―――刊行されている『料理マスターズ』を拝読させていただいたなかで、食材の“持続可能性”というフレーズが随所に見られますが、料理マスターズ全体の取り組みとして意識されているのでしょうか?

そうですね。昨今の気候変動の影響などから危惧される、食材のサステナビリティ(持続可能性)の問題に対して、料理人がどのように貢献できるのかが求められる時代になってきていると思います。同じ料理人が作る料理でも、時間が経つと少しずつ変わっていきます。歳月や流行によって料理人の考え方が変わっていくこともありますが、食材のサステナビリティも、その考え方に大きな影響を与えているのではないでしょうか。

自然環境の問題だけではなく、地球全体の人口増加や、中国、アジア諸国を中心に経済が成長してきたことで、それぞれの国の方々がいままで食べていなかったものを食べるようになり、日本で手に入りにくくなってきた食材も出てきています。そうなると、いままでは天然物を使ってきたとしても、それだけでは需要を満たせなくなり、徐々に養殖物を使い始める。養殖の技術が上がってきたということもありますが、サステナビリティという観点でみると、養殖物を使うという方向性は間違っていないと思います。

―――たとえばどのような食材の養殖の技術が上がっていますか?

長い目で見れば、人間が食べるものは天然物を養殖化してきたものです。野菜も山や野の野草を畑で栽培して野菜にしているわけですし、家畜も野生の動物を養殖化して肉として食べているわけです。淡水魚では「ご当地サーモン」などのように、天然水を利用して陸上養殖がされていて、海の中でもマグロやブリなどの養殖が進んでいます。

2019年にブロンズ賞を受賞した『エレゾハウス』の佐々木章太さんは、食肉に関して面白い考えを持っています。彼は「ジビエを内包した肉づくり」と言ってますが、ジビエを研究することで、牧場で飼育する動物たちに天然の肉の良さを生かせないかと考えています。シカやクマなどを狩猟してジビエとして使いますが、駆除とは違う食べるための獲り方を実践し、「命を丸ごといただく」調理法を研究しています。

―――サステナビリティは、料理マスターズ倶楽部主催のイベント「シェフズキッチン」でも取り上げられそうなキーワードですね。

実は、2020年は一年を通してサステナビリティが感じられるようなイベントにしようと思っています。「養殖はおいしくない」ではなくて、「養殖もおいしいよ」ということを、うまく伝えていきたいですね。料理のすべてを養殖で構成することを意図しているわけではありませんが、サステナビリティの認定を受けた食材などをうまく使用していく予定です。

―――「シェフズキッチン」は2人の料理人のコラボレーションが中心ですが、どのようにしてメニューを構成しているのですか?

2020年1月27日開催の『レストラン リューズ』×『柏屋 大阪千里山』の場合には、松葉蟹という同じ食材を和と洋の異なる調理法で提供したり、柏屋の伊勢海老柔煮を、ソースを含めてリューズ仕立てに仕上げたりと、1つのメニューを2人で共同してつくる一皿もあり、面白さとおいしさを兼ね備えています。この場でしか食べることのできない一期一会の料理で、この料理を作り上げるために、料理人たちは相互にお店を訪れて味付けを確認し、時間をかけてメニューを練り上げています。

イベント開催時は、お客様は相席にさせてもらいますので、最初は多少ぎこちないこともありますが、お帰りになるときには皆さま素晴らしい笑顔になります。シェフズキッチンでは「来たときは他人でも、帰るときは友達」というテーマを掲げているので、あえてこういう形にしているのですが、それを可能にするくらい、おいしくて楽しい食事会です。

―――コラボレーションする際の料理人は、どのような視点で選んでいるのですか?

料理人の相性やお互いの考え方ですね。それは、ガイドブックの「料理マスターズ」の取材をしながらですとか、これまでの料理人との付き合いのなかで考えています。昨年開催した『KUROMORI』と『木乃婦』のコラボレーションは、お互いの店で気仙沼のフカヒレをメインの料理に使っているという共通点があったので声をかけました。実際にコラボしてもらったら、『木乃婦』の髙橋拓児さんは「口が合う」と言っていました。京都ならではの表現だと思いますが、料理の味つけで調和しやすいということですね。

撮影:ポケットコンシェルジュ
2019年11月26日に開催された「シェフズキッチン」は、“食べて被災地を元気にする和・中の合作新提案”がテーマ。写真左から宮城県産の食材を中心とした中華料理店『KUROMORI』(宮城)店主・黒森洋司氏、京料理の次代を担うと言われている『木乃婦』(京都)店主・髙橋拓児氏。

撮影:ポケットコンシェルジュ
第36回のコラボレーションのきかっけにもなった、気仙沼産のフカヒレを使った一皿。『木乃婦』で普段提供している胡麻豆腐のフカヒレと、『KUROMORI』で提供しているフカヒレ料理は、それぞれ違うアプローチだが、これらを一皿に集約。フカヒレは、コラーゲンの多い胸ビレを蒸したものを使用し、スープは『KUROMORI』の金華ハムのスープをベースに、イベント開催時の旬の食材である香箱蟹をあわせ、フカヒレの食感の邪魔にならないように煮込んでいる。胡麻豆腐は、スープとの相性を考えてあえて味を入れていないため、油分のあるスープと合わせても、あっさりといただくことができる。

2020年の3月24日に『ELEZO HOUSE(エレゾハウス)』(東京)佐々木さんと『オステリア エノテカ ダ・サスィーノ』(青森)の笹森さん(笹森通彰氏)のコラボイベントを行う予定ですが、どちらの料理人も養殖の食材に対する考え方が似ているんです。以前、笹森さんと話したときに、仕入れ先に「あおもり海山」という会社があって、そこで取り扱う養殖の「深浦サーモン」が、非常にストーリー性があって質が高いと。いわゆるご当地サーモンですが、世界遺産の白神山地の天然水を使って養殖していて、ニジマスを淡水で約1年半、海水で約半年かけて育てるそうです。ですので、イベントの際はそのような知見がある笹森さんの目から見て魅力的な養殖の魚をもってきてもらおうかなと思っています。このように、天然と養殖のバランスを考えて食材を扱っているという点で、佐々木さんと同じ方向を向いているので、この回のコラボレーションを企画しました。

さらに言うと、この2人は食材づくりから自分でやる料理人なのです。佐々木さんは前に言った通りですが、笹森さんは野菜はもちろんのこと、チーズ・生ハム・ワインまで自分でつくります。こういう2人が作る料理は自然にも優しいはずなんです。

「料理マスターズ」で目指す、生産者プラットフォームの構築

―――今年で10周年の節目を迎えられましたが、今後の展望として、どのようなことを見据えていますか?

まずは生産者を「料理マスターズ」のネットワークの中に入れていきたいですね。ある程度の交流関係はできてはいるのですが、今後はそこをネットワークとして生きるようにしていきたい。あるテーマについて料理人と生産者がそれぞれの視点から意見を出し、議論する場をつくるということです。新しい食材の供給場所ができることも期待できるかもしれません。

たとえば糖度30度の桃があるのですが、これはデザートやソースなど和洋中で様々な利用方法があるので、多くの料理人が関心を持っていました。フェイス トゥ フェイスで直接意見交換できれば、展開が早くなりますし、幅も広がります。そうなれば、まさにプラットフォームになる可能性があると考えています。

―――生産者としても、事業の継続が可能になりますね。

そうですね。実際に『アル・ケッチャーノ』の奥田さん(奥田政行氏)の周りでは、生産者が代替わりしています。生産者の子供たちも、「親父が楽しそうに仕事をしている、農業でも食べていけそう」と思ってもらえているようですし、後を継ぐ決断をする際に、自分の近くに奥田さんのような料理人がいることも決め手の1つになったと言っていました。そういう意味でも、「料理マスターズ」は料理界だけでなく、第一次産業を含めた日本の食のシーンに不可欠の存在になってきつつあります。今後とも日本の第一次産業の活性化に寄与しつつ、おいしい料理を提供する料理人の活躍が望まれますし、私もそういう料理人の方々を発掘し、協力していこうと思います。

2020年1月26日 発売の「料理マスターズ2020」。料理マスターズ倶楽部 (著)。
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2020年1月26日発刊の『料理マスターズ2020』。料理人の料理哲学と生産者の紹介で構成されており、毎年ページ数を増やし、全面改訂を行っている。


【取材・文】白石直久
【撮影(特記がない写真)】キミヒロ

 

「料理マスターズ」を受賞したポケットコンシェルジュ掲載店舗

 

草喰なかひがし(京都府)

すし処めくみ(石川県)

日本料理かんだ(東京都)

ヴィラ・アイーダ(和歌山県)

Hagiフランス料理店(福島県)

日本料理 銭屋(石川県)

レフェルヴェソンス(東京都)

瓢亭(京都府)

てんぷら成生(静岡県)

エディション コウジ シモムラ(東京都)

北新地 弧柳(大阪府)

日本料理 龍吟(東京都)

HAJIME(大阪府)

レストラン リューズ(東京都)

ル・ミュゼ(北海道)

GINZA Kansei(ギンザ カンセイ)(東京都)

ラ・グランターブル ドゥ キタムラ(愛知県)