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【東麻布天本】伝説の鮨職人「親父さん」の魂を受け継ぎ、ミシュラン二つ星を獲得した鮨界の大物ルーキー

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「日本の食文化を世界に発信していく」。そんなポケットコンシェルジュのビジョンから始まったインタビュー特集です。日本で活躍する一流レストランのシェフを取材し、レストランに対する思いや、料理人としての考え方などを紹介していきます。

第四回

『東麻布天本』 天本 正通

2016年6月、東京・東麻布に鮨屋『東麻布天本』を独立開業した天本正通(あまもと まさみち)氏。世のグルマンたちの期待は大きく、オープン前からすでに予約の取れない鮨屋の仲間入りを果たしていた。そして2016年冬、オープンから約半年という短い期間で、見事、ミシュラン東京2017にて二つ星を獲得した。まさに鮨界の大物ルーキーだ。今回は、南青山の名店『海味(うみ)』を22年守り続けた、伝説の鮨職人・長野充靖氏の二番手を務めた修業時代のエピソードや、その鍛え上げられた精神や鮨に対する想いについて、熱く語っていただいた。

Pick up topics
1. 鮨職人としての人生を変えた、『海味』の親父さんとの出逢い
2. 仲買とのコンタクトが、スペシャルな魚を仕入れる為の最大の武器
3. どんどん進化している、東京でしか食べられない30代鮨職人の極上江戸前鮨

東麻布天本_天本正道氏正面

鮨職人としての人生を変えた、『海味』の親父さんとの出逢い

――― まず初めに、鮨職人になろうと思ったきっかけを教えていただけますか?

実は、最初は鮨屋になろうと思ってこの世界に入ったんじゃなくて・・・父親が、福岡の中州で屋台をやっていたので、「料理人になりたいな・・・」とうっすら思っていました。そこで、父親の屋台の向かいにあった、福岡の春吉にある『鮨割烹 高玉(こうぎょく)』の本店を紹介してもらい、修業させてもらうようになったのがきっかけです。

――― 福岡での修業時代を経て、どのように東京へ進出されたのですか?

『高玉』では3年修業させてもらったのですが、3年間ずっと下っ端のままでした。そこには、自分より2年も早く入った弟がいたのでただでさえ焦っていたのに、弟は鮨を握っていて、自分は鮨どころか料理も作らせてもらえず、修業の最初にするような鍋磨きなどをひたすらやっていたので、不安になったんです。「弟は鮨を握っているのに、自分は何もできないのかよ」という思いでしたね。そこで『高玉』を辞め、鮨屋ではなく日本料理に行こうと思ったんです。最初は福岡で探していたのですが、たまたまご縁があって、東京で修業することになりました。それから2年務めたのが、東京・赤坂の「とゝや 魚新(ととやうおしん)」です。

――― 日本料理への転身から、また鮨に戻ることになったのはなぜでしょうか?

当時、『高玉』時代の兄弟子だった、福岡『鮨 さかい』の堺さんが、南青山「海味(うみ)」で修業なさっていて、その時から、『海味』の強烈な噂がもう福岡中に鳴っていたんです。「やばい店がある!」って。その堺さんに誘っていただいて、『海味』に弟子入りさせていただいたのがきっかけです。そこからまた、新たな鮨の修業が始まりました。

――― 天本さんを鮨に引き戻した『海味』の魅力は何だったのでしょうか?

『海味』の親父さんです。最初は『海味』に入ることも断ったんですけど、堺さんに「一度親父さんに会ってみないか?」と言われたので、会うだけと思ってお店にお伺いして、親父さんとお話しをさせてもらうことになったんです。そうしたら、初めて親父さんにお会いした時に、親父さんの男としての魅力に引き込まれてしまったんです。私が持っていないもの全てを兼ね備えているような、すごい方だったんです。めちゃめちゃ厳しいんですけど、もう一度ここで、修業させていただこうと思いました。そこからですね、完全に人生が変わったのは。実際、修業がスタートしたのは『海味』かもしれません。「寝ずに働くとはこのことか!」と思いましたから。そのおかげで今があります。『海味』の親父さんとの出逢いが、一番影響力があったんだと思います。


東麻布天本_もう一度ここで、修業させていただこうと思いました。そこからですね。完全に人生が変わったのは。

――― 人生を変えた親父さんの元で、修業中一番学んだことを教えていただけますか?

親父さんは、技術はあまり教えてくださらない方だったんですが、仕込みはほとんど任せていただいていました。ただ、鮨を握らせてもらえることはほとんどありませんでした。だから、親父さんから一番学んだことは、お客様を通じての礼儀作法、言葉遣い、目上の方との接し方、そしてお客様との会話に入っていく勇気ですかね。私は元々引込み思案で、人前で話すことが苦手だったので、すごく嫌だったんです。親父さんは言葉遣いに物凄く厳しい方なので、言葉一つ一つにもすごく気を遣いました。接客中には、「お客様に話しかけなきゃ怒られる」「でもどうやって切り出そう」という押し問答がずっとあって、お客様と話していても、ちょっとでも語尾が弱かったりすると、裏に呼び出されるんですよ。鮨を握らせてもらえないので、技術ではなく、そういう指導が多かったですね。お客様の会話に入り込んでいく勇気というか・・・

――― 二番手はどれくらい務められたのですか?

おそらく、2年目か3年目で、急遽、二番手を任されるようになりましたから、7年間くらいですね。親父さんのつけ場の隣りに立つことは、私たち弟子にとっては、夢ではあったものの、(地獄が待ち受けていると)覚悟していました。それが、思いのほか早く二番手になりましたので、何もできない自分は、毎日怒られっぱなしでしたね(笑)。

休みはほとんどないようなものでした。店が休みの日でも、「明日何してるんだ?」と親父さんに聞かれたら、「いえ、何もありません!」と言って「親父さんは何をされているんですか?」とこちらから聞かなければいけないんです。もし親父さんの予定がなければ、「明日、お伺いしてもよろしいですか?ご自宅に・・・」と、言われる前にこちらから言うんです。寂しがり屋の親父さんですから(笑)。親父さんと休みを過ごすとなると、飲みに行って、「男とは」という会話がほとんどでした。本当に言葉遣いに厳しかったので、めちゃくちゃ気を遣いましたね。

――― 仕事でもプライベートでも、コミュニケーションについて鍛えられたのですね。

私は元々、こういうキャラじゃないんです。でも、親父さんと性格は真逆であっても、同じに合わせなきゃいけない。修業に入ったら、色に染まっていかないといけないじゃないですか。だからそこに染まっていく人に、人格を変えていかなきゃいけませんでした。でも今も、心のどこかに『海味』の魂があって、親父さんの魂がついているから、このキャラでも癇にさわることがあると、親父さんのように怒ってしまうことがあるんです。親父さんみたいになっちゃうとまずいなと思いつつも、我慢できなくて。お弟子さんができると妥協できないタイプではあるのですが、あえて女性を雇っているのは、私が優しくいるためです(笑)。


仲買とのコンタクトが、スペシャルな魚を仕入れる為の最大の武器

――― 親父さんの魂を受け継ぎ、独立開業された今、『東麻布天本』のこだわりを教えていただけますか?

親父さんから受け継いだことはもちろんなんですが・・・「親父さんの真似事は絶対にしたくない」「力まずに、自分の個性をいかしたい」「自分をさらけ出したい」というのがあります。あとは、自分が美味しいと思う物しか絶対に出しません。「今日はいまいちだな」と思う物は絶対に仕入れません。仕入れもメニューも毎日違うのは、そういう理由です。

――― 食材の目利きや仕入れは、どのようにおこなっているのですか?

それは、仲買とのコンタクトなんです。今の時代、朝早く行ったからといって、ピンの物はもらえないんです。仲買がすべてを握っています。最近は食材が本当に少ないので、たとえば50人の鮨屋が一気に来たって、「いやないよ」ってなりますよね。表に並べられない極上の魚は、すべて裏に隠れています。そんな極上の魚は、めちゃくちゃ高いですが、一度味を知ってしまったら・・・もう戻れなくなります。

――― 仲買さんとの関係は、修業時代から築いてこられたのですか?

そうですね。鮨屋が行く仲買は、大体みんな決まっているんですが、私はあえて行きません。みんなと同じところへ行ったところで、『海味』と仕入れが変わらないってことは、勝負かけてないじゃないですか。みんなは5軒くらいまわるんですが、私は信頼する仲買1本にしています。「そこになければやらない」と決めて、エビとマグロ以外は同じ仲買から仕入れています。そして、スペシャルな物しかやりません。たとえ旬で仕込みたい物があったとしても、それがスペシャルではなくて、仲買のOKサインが出なければ、仕入れられないんです。仲買の目利きと、センスを信じていますから。つまり、それくらい信頼関係が築けていて、旬の食材の一番良い物を教えてくれる、そういう仲買と取引するんです。

――― 天本さんが信頼される鮨屋だからこそ、仲買さんがスペシャルな食材を教えてくださるのですね。

だって、仲買は売りたい物がたくさんある中で、本当に良い物は、「その魚の良さを最大限に引き出せる」と信頼しているお客様にしか売りたくないですよね。表に並んでいる物は、売りたい物。隠れている物は、本当は売りたくない物なんです。私もそうですが、「美味しい」と喜んでくださる方に良い物を出すんです。

――― 立派な食材を大きく掲げているパフォーマンスが印象的ですね?

やっぱり、特別な物は見ていただきたいんです。活けボタンエビや自家製からすみ、鰻の焼き物など、その時に見せたい物があって、披露したら、皆さん喜んでカメラを向けて写真を撮ってくださるじゃないですか。スペシャルな物って本当は出したくないんですけど、喜んでくださる方には、特別な物を見て、食べて、喜んでいただきたいんです。

東麻布天本_大将と蛸
東麻布天本_本当にスペシャルな物は、美味しいと喜んでくださる方に、食べていただきたいんです。

どんどん進化している、東京でしか食べられない30代鮨職人の極上江戸前鮨

――― 日本全国や海外からも訪れるお客様に、一番伝えたいことは何ですか?

お店の雰囲気はもちろんなんですが、それよりも、「本当に美味しいお魚を食べてもらいたい」という想いがあります。日本近海の物が、間違いなく世界で一番美味しい魚なんです。絶対に。さらに、どんどん魚が減ってきているので、良い物は稀少で高価になっています。また、東京の築地市場には全国から魚が集まりますが、私は、生まれ育った福岡の中央市場に入る、築地では手に入らない食材を、「産直」というやり方で「九州の魚を食べていただく」ことを、売りにしています。その日の朝、電話で市場の女将さんと話しをして買った魚たちは、夕方4時には東麻布に着いているんです。こんな恵まれた環境にも感謝ですね。

――― 東京ならではの極上の鮨を味わえるというのが、『東麻布天本』の醍醐味でしょうか?

はい。私は、仕入れがすべてだと考えています。できるだけ、その日のベストの食材を仕入れて、もしそのままがベストであれば、食材を「そのまま」使います。魚の水分量や脂の乗り方をみて、もしその食材がもっと美味しくなるのであれば、「塩をあてる」「酢で〆る」「昆布で味をのせる」「寝かせてみる」などの仕事を足して、その仕込みに時間を費やします。

一口食べたときに、口の中でとんでもない変化をする、それが鮨のマジックじゃないですか!昔ながらの、ただ切りつけて握る鮨もあるけれど、今、江戸前鮨はどんどん進化しています。特に、私たちのように30代で独立されているお鮨屋さんは増えています。みんな真面目で、仕事が終わっても飲みにも行かず、毎日お店のことを考えています。私の鮨職人の友人たちもみんな一緒です(笑)。真面目にやっているからこそ、「ただ単に鮨バブルだから流行っている」とか「流行りにのっかっちゃってるね」という言い方をする人がいると、腹が立ちます。だから、本当に美味しい食材を感じていただきたいです。

東麻布天本_大間のマグロ

大間の鮪(延縄)の中トロ

――― 天本さんのおまかせコースは、鮨だけでなく、豊富に提供される料理もまた魅力ですよね。

私の店は、生のつまみだけじゃなくて、火を入れたつまみや温かい料理を入れて10品近くを必ず出します。そういったつまみも楽しんでいただきたいと思っています。とにかくお腹いっぱいになっていただきたいんです。つまみに合う、日本酒やワインも自分で選んで仕入れています。生魚じゃなくて手を加えた料理なので、うま味が強くてワインやシャンパーニュは絶対合うし、面白いと思います!正直、うちは物凄く原価をかけているので、酒と一緒に愉しんでいただきたいです。

――― それでは最後に、天本さんの今後の展望を教えてください!

できるだけ多くのお客様に来ていただきたいです。本当はもっと、沢山のお客様に来ていただきたいのに、ご予約をお断りしないといけない辛さを毎日感じています。今後はお弟子さんをとって2回転を目標にしています。私としては、1年待ちの鮨屋にはしたくないのが本心でして、今後はご予約方法をきちんと考えたいと思っています。日本全国や海外からも、たくさんの方に来ていただけるよう、気合を入れて頑張ります!

東麻布天本_カウンター

〈大将からの一言〉
(ミシュラン二つ星獲得を受けて)開店から不慣れながらも一生懸命働いてくれたスタッフたち、それから毎日最高の食材を提供してくださる築地の社長はじめ仲買人さん、博多の魚屋さん、そして酒屋さんなどなど。また、開店前から私を応援してくださった沢山のお客様や、他にもいっぱい…。本当に皆様に感謝いたします。今まで通り、不器用ながら、今やれる精一杯の力で今日1日のお客様のために全力で臨みますので、どうかこれからも『東麻布天本』をよろしくお願い申し上げます。

※『東麻布 天本』は予約困難店ですが、ポケットコンシェルジュに会員登録していただくと、様々なレストランの最新情報を受け取ることができるようになります。

【聞き手・文・撮影(料理)】濵本亜沙子
【撮影(人物、ロケーション)】キミヒロ


〈『東麻布天本』へのアクセス〉
 

・都営大江戸線「赤羽橋駅」赤羽橋口より徒歩4分
・東京メトロ日比谷線「神谷町駅」1番出口より徒歩10分

東麻布天本の店前通り
桜田通りから一本入った、『東麻布天本』の店前の通り。
東麻布天本の建物正面
黒でシックにまとめられた『東麻布天本』の外観。東麻布にひっそりとたたずむ隠れ家である。
東麻布天本の入口外玄関を入ると、奥にもう一つの玄関がある。内装デザインは、京都のミシュラン日本料理店などと同じ、デザイナー杉原明氏が手掛けている。
Restaurant Data
店名: 東麻布天本
住所: 東京都港区東麻布1-7-9 ザ・ソノビル 102
営業時間: 18:00~24:00
定休日: 日曜日
予算: 30,000円~

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